ハリー・ブラッドリーと話しこむ Talking with Harry Bradley

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[Note: The article below originally appeared here on 7 March 2005 and has been restored. It refers to the conversation between Harry Bradley and myself which took place on 6 March, when workshops on fiddle, flute and sean-nós dance were held in Osaka.]

〔註: 以下は2005年3月7日付の記事を復元したもの。3月6日、大阪で開催されたポール・オショネシーとハリー・ブラドリー及びショーサヴ(ジョー)・オニャハタンのワークショップの際、ハリーと話した内容について述べたもの。〕


 いや、そんなつもりじゃなかった。たまたま昨日の立食のテーブルで隣合せ、あなたは IRTRAD-L でよく発言するあのハリー・ブラッドリーと同一人物かと水を向けたのだ。そうしたら、えらい話しこむことになってしまった。話はアイルランド伝統音楽をめぐる論争の根本のところに関わり、ややこしい領域に入っていった。

 IRTRAD-L での辛辣な論争を見ていて相当な論客であると知っていたので、攻撃的な人物だろうとぼくは半身の体勢だったのだけれど、意外に控えめで繊細な人物だった。顔はいかついけどね。〔写真は新作 CD 表紙から。近くで見てもこんな顔だった(笑)〕

HarryBradley_frCDcover.jpg IRTRAD-L というのはアイルランド伝統音楽を議論するメーリング・リストで、もう10年以上続いている。加入者は五百人くらい。ハリー・ブラッドリーはもちろんのこと、多くの音楽家が発言しているし、雑誌やレコード店などの業界関係者や、研究者などの多彩な投稿で連日賑っている。議論は時に政治性を帯び、白熱することもしばしば。

 議論のテーマはアーティストのこと、CD のこと、楽曲のこと等々多岐に亘るが、いつも皆の意識の底にあるのは <アイルランド伝統音楽とは何か> という問題で、この捉え方が投稿者によってずれがあるために、ひとたびこれが話題になると議論は果てしなく続く。で、今回、ハリーと話しこんだのはこの問題にからむ。

 ハリーがきびしい批判を加えたのは学者の日和見主義(opportunism)である。特に、いろんな面で影響力の大きい学者の態度に痛烈な批判を加えた。伝統音楽のことが分かっていないにもかかわらず、うわべだけ、きれいな装いをさせる。そうやって、本来の伝統音楽の姿をゆがめてしまう。だけでなく、伝統音楽をコントロールしようとする。伝統音楽のことを、田舎くさい遅れたものとして本心では嫌っていながら、何らかの目的をもって賞揚したりする矛盾した態度を彼は批判した。念頭にあるのは有名なある学者である。ヒントを一言。ピアニストとして著名。夫人はアイルランド親善大使的な有名歌手。

 ハリーは伝統が保守的(conservative)であるとはどういうことかについて説明した。

伝統を守り育てるためには、栄養を与え、支えていかなければならないと。これが伝統に対する保守の意味である。それなくしては、伝統は枯渇してしまうということである。
伝統が何を必要としているかを考え、世話をしてやらねばならぬ。生きた伝統の只中にいる彼ならではの見方である。

 こういう話を聞いて、いろんな思いがした。で、気になる点をぶつけてみた。もし、伝統を、そういう生きたものとして涵養せねばならないとすると、それが不可能でありながらその音楽をやっている国外の音楽家のことはどう考えるかと、日本のミュージシャンのことなどを想いうかべながら訊いた。それに対して彼の答えは曖昧模糊としてはっきりしなかった。音楽に対する純粋な愛情があればいいんだねと言うと、否定はしなかった。

 ハリーの音楽家としての繊細さと攻撃的な活力という相反する二面は、伝統音楽を生き物として捉える姿勢から来ているのかもしれない。生き物だから、細やかな心遣いが必要である。けれど、一旦その生命力の奔流に乗ればいくらでもエネルギーが発出される。シャイな態度の陰に隠れた旺盛な意欲は、彼にあっては全く矛盾しないものなのだろう。その一端を5日の大阪公演の終盤に見た気がする。

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